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今週のコラム 523回目 oligometastasisへの挑戦 vol. 2 11月23日発表者「なのは」さんの思い

たんや十兵衛 霜降り牛タン弁当

 

これが、激うま!

MP市川駅の消失依頼、足の遠ざかっていた市川シャポー

久しぶりに食べてから、また「沼」してます。

 

 

DSC_1525

 

おしゃれ?な、牛タンプレート

牛タンの隣には,これまた「市川シャポー」のひじき

やっぱ、「野菜も食べてる感」ないとね。(若いころは全然気にしてなかったけど)

 

 

 

まー、世間でよく言う「名物に旨い物なし」

私も大学に入り仙台への第1歩、向かったのは「牛タンや」でした。(今思えば、平成元年。 平成おじさんこと、小渕恵三が「平成と名付けた(違うだろ!)」から数か月。時代はバブル全盛期。テレビではジュリアナ東京のお立ち台ではボディコンギャルが扇子をヒラヒラ、アッシーとメッシーが暗躍し六本木にはBMWが溢れ「六本木カローラ」と馬鹿にされたとか、されなかったとか )

 

そんなバブル真っただ中(それとは関係ありませんが)私が最初に入ったのが「牛タン喜助(だったかなぁー? うろ覚え)」麦飯と牛タンとテールスープ 懐かしいなぁ。

ただ、大学6年間と(その後まで含めると)30年近く仙台に住んでいましたが牛タンを特に旨いと思わずに過ごしたそんな仙台

市川で久しぶりに食べた霜降り牛タン弁当は、「やっぱり牛タンはいいものだと、こんなに旨いんだもんな。安い牛タンは髪切れなくて大変! 牛タンこそ質にこだわりなよ。(なんて、牛タンの本場?仙台通を気取る今日この頃です)

と、長くて(くだらない?)前置きから引き続いて、いよいよ本文です。

 

〇前回のコラムでoligometastasisの拡張についてお話ししましたが…

前回PETで多発転移が見つかったところまでお話ししましたが…

多発転移

1.多発リンパ節(左鎖骨上リンパ節、右胸骨傍、大動脈弓下、右肺門)

2.左胸壁

3.肝

ここからは、少し来る発表者「なのは」さんの言葉をかりながら進めます。

 

もうどこの箇所なのかわからない、聞いたこともない名前のリンパ節に4か所(左鎖骨上リンパ節、右胸骨傍、大動脈弓下、右肺門)も転移していて、さらに肝臓にも転移していました。(それと、胸壁所謂局所再発ですね)

当時は、乳がんは再発したら延命治療だと思っていたので、先生に「余命とかの話ですか?」って聞いたのが精いっぱいでした。

すると先生は、静かに首を横に振って「ゴールを決めて1つ1つ治療していきましょう」と言ってくれました。

ちょっと、テレビドラマ風で「格好つけているように」見えますが、事実です…

 

〇治療提案

①まず、局所再発と左SCは手術

②(左SC以外の縦郭周辺にある)リンパ節は放射線

③キーになる肝臓は?

私の中には(MRIで確認しても)「単発で小さいな」という認識から手術を勧めたいと思っていました。

その背景には、その当時(より少し前から)肝や肺で単発で手術をしたことで長期コントロールとなっている方たちを実感してきた(所謂「成功体験」)からです。♯但し、肝の手術となると「患者さん自身が拒否するかも?」みたいな危惧もあり(その場合のanother choiceとして)当院の誇るtomotherapyも想定していました。

④そして全身療法

2つの理由で抗がん剤すべき(そして、そのあとにCDK 4/6 inhibitor)と考えました。

1.(初回術後を含め)過去に抗がん剤の既往がない

2.(「なのは」さんの)治療に対するモチベーションが高い(私から見た、あくまでも「主観」です)

 

第4章  そして戦い(治療)のゴングは鳴った。

 ♯なぜ、「第4章」と名付けられているのか?は11月23日の発表に準じたためです。

実際に行われた治療 (順番に提示)

1.左鎖骨上郭清+左胸壁切除

再度、「なのは」さんの言葉をお借りすると…

すぐに田澤先生は手術してくださって、手術の後、「しっかり取りましたよ」と言ってくれました。

その言葉が本当にうれしくて、心強くて。あー、悪いものはしっかり取れた、もう大丈夫、不安に思うこともなくなるって感じました。

病理結果 2/5 extrainvasion+, 15mm, luminal(HER2 0)

 

2.肝手術への決意

ここは、「なのは」さんの言葉をそのままお借りしましょう。

いろいろ調べた結果、肝臓は腹腔鏡手術を受けようと決め、紹介状を書いてもらって手術を受けました。

(補足)埼玉の病院 初診から1か月以内の手術(ロボット支援下肝S4部分切除)で術後3日で退院

病理結果 16mm, luminal(HER2 0)

 

3.放射線 tomotherapy

上記、肝の術後約3週間後より開始 40Gy/20fx,

照射部位 (上記1の術後部位である)左胸壁+左SC、リンパ節(右PS, 右肺門、大動脈弓下)、右胸膜

♯lt. SCと胸壁は手術後なので(照射する時点では)無論この所見はすでに消失しています。

 

 

ここで、「なのは」さんの言葉を再びお借りします。

その後、江戸川病院の中村先生のもと、トモセラピーを受けました。その時にN先生からもらったアドバイスが

病気のことは忘れること ♯1」でした。

トモセラピーは約20日間、毎日病院に通って15分くらい放射線を受けました。これまで必死で突っ走ってきたので、毎日、何の薬も飲むことなく、どこにも痛みを感じず副作用もなく病院に通った時間は、心を落ち着かせるのにいい時間で、抗がん剤に挑む心の準備 ♯2もできました。

 

 

♯1 N医師(名前を隠す必要はないとは思いますが… 一応Nとしておきます)

今や「BNCTセンター長に就任した」N医師のこの言葉。 とても印象的です。

 

♯2 いよいよ、この後「なのは」さんにとって最大の挑戦となる抗がん剤に対して「冷静」に、そして「モチベーション」が高い状態に昇華しています。 やはり抗がん剤の決めては「モチベーション」次第なのです。

 

4.抗がん剤治療

東京の「ある」大学病院で行われています。(後述しますが「頭皮冷却併用」を考えての選択でした)

そして、遂に6か月にわたる抗がん剤治療が終了

その大学病院の担当医師から「当院での抗がん剤が終了しましたよ」という報告書が届いたのですが、その中で印象的な言葉がありました。

(以下、一部抜粋)

患者様は前向きな性格で、特に強い副作用は認めず、頭皮冷却療法も乗り越え、化学療法を無事に終了となっています。

「なのは」さんから聞いた話ですが…

担当医は、「なのは」さんのやり遂げてきた治療(鎖骨上+胸壁切除→肝切除→放射線)を知って、とても驚いたとのことです。

そして(「なのは」さんから聞いたのですが)『これだけ頑張れるんだね! 凄いね!』率直に担当医から言われたようです。

 

5.CDK 4/6 inhibitor+hormone therapy

抗がん剤終了後1か月から開始しました。

 

第5章 cCR そして1年後のcCR

まず、CDK4/6 inhibitor+hormonを開始した時点でPET撮影 cCR !

 

その1年後のPET cCR  continue !

 

 

 

 

 

 

 

◎「なのは」さんの想い

腹腔鏡下の手術を行う病院を探す際に感じた、率直な感想

抗がん剤を受ける病院を探す(頭皮冷却したかった理由がありました)際に感じた思い

全体の治療が終了しcCRを達成し、更に1年経過した今の自分だからこそ伝えたい言葉

 

それは是非、11月23日「生の声」をお聞きください。