東京は昨日天気が崩れるとの予報も乗り越え(土曜日昼のランニング、久しぶりに汗びっしょり!)、今朝も気持ちいい天気。
天気は重要です。
先週の外来
横浜横須賀に土地勘のある方々(複数)から、口々に『横浜みなとみらいから横須賀って、遠いよね。』って声かけてもらいました。
もしも途中力尽きて?ホテルまで帰れなくなったら「タクシーで帰るかな」なんて漠然と思っていました。(携帯にあるのはSUICAのチャージだけ、最大2万円で足りるかな? なんて思いながら…)
○ 本編
病理レポート
病理医の記載には時々「引っかかり」ます。
患者さんに渡るので、その内容が「無駄に」心配させる「余計な」一言が時々あるからです。
case.1
先日のST-MMT
前医で「引っ張り出せないから、針を刺せない」としてST-MMTが(途中で)中止となり、当院を受診した患者さん
マンモ
超難関症例
確かに胸壁ギリギリ。難しそう。
これはCCですが、MLOでは(引っ張りだせずに)写ってもいませんでした。
(ST-MMTで採取した)標本マンモ
しかーし
なんとか採取できました!(向かって右の中央)
★ 患者さんにも大変喜んでいただけました。
病理レポート
小葉成分もわずかに認められ、上皮性増殖性変化は指摘できず、石灰化も標本上は確認できません。
(途中、省略)
増殖性変化は指摘できない、著変乏しい乳腺組織です。
病理診断として「増殖性変化は指摘できない、著変乏しい乳腺組織」=癌ではない
これでいいのです。
患者さんには『癌ではありませんでした。良かったですね。』と、言いながら(この病理レポートを)お渡しします。
★ただ、この余計な一言「石灰化も標本上は確認できません」
これを患者さんが見た時に、どう思うだろうか?
『石灰化,採取できていなかったの?』なんて不安にならないだろうか??
実際に私は採取した標本マンモで石灰化を確認しているし、病理依頼伝票に(病理医へのコメントに)
『○番の標本に石灰化あります。(標本マンモで確認しています)』と記載しているのに…
★ただ、この患者さんには電カルで採取した標本マンモを示し、『ここに石灰化ありますから(安心してください』と見せているから信用してくれているとは思います。
case.2
区の検診エコーで要精査
この画像は比較的「整」ですが、
この角度だと、少し辺縁が気になる
(同じものを別角度で撮影)
これも同じものですが、
この角度だと「ちょっと」歪に見えます。
無論、良性とは言い切れないので組織診しました。
刺入した時点で(内容液が漏れて)つぶれました。
★ つまり嚢胞(乳管が詰まって液体が貯まったもの)だったのです。
当然、私は病理依頼伝票に(病理医へのコメントに)「臨床診断:乳腺症 刺入の際に潰れたので嚢胞を含む乳腺症のようです。癌は全く疑っていません」と記載して提出しました。
(戻ってきた)病理レポートには
良性:乳腺症
組織学的には、慢性炎症及び線維成分の増生を認める乳腺組織であり悪性所見はありません。
念のため経過観察が望まれます。悪性が強く疑われるのであれば、再検が望まれます。
病理診断は(当然ながら)良性でした。
つまり「慢性炎症及び線維成分の増生を認める乳腺組織であり悪性所見はありません」だけでいいのです。
★私が、わざわざ病理依頼伝票に「乳腺症だと思います。癌は全く疑っていません」と記載しているのに…
「悪性が強く疑われるのであれば、再検が望まれます」
⇒このコメント!
まるで、「病変を外しているのでは?」と疑っているかのような表現。
このコメントを(何も知らない)患者さんが見たら不安に思うのではないでしょうか?
『何と、余計なコメントなんだ!』
どういうつもりで、こんな余計なコメントを「わざわざ」つけるのか、病理医の見解を知りたいと思い(腹立ったので)
知り合いの病理医(この失礼なコメントをした病理医ではありません)にコメントを求めました。
『何故、病理医は「余計な」一言を付け加えるのでしょうか?何かコメントください』と、
それに対する回答は
『検体を提出する臨床医も、先生のようなベテランから、経験の乏しい先生方も多分いる。結果に対する責任問題も多分ある。』
やっぱり!
病理医は日常的にそのような経験をしているから、(もしも後日、この症例が癌だと診断されることになっても)誤診した原因は、「病理診断の見逃し」ではなく、「臨床医の採取技術の稚拙さ」にあるんですよ。
全く迷惑な話です。