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乳癌手術のブログ 2020/6/13

雨の土曜日、湿気が強くて天パの髪が凄いことになってます。(冗談です)

それぞれの村上春樹がありますね。

「風の歌を聴け」かなり初期の作品。主人公が作者自身を投影していたような。(とても曖昧な記憶で、すみません) 結構いい作品でした(全く具体的な話が出来ずすみません)

「海辺のカフカ」 これも結構好きな作品です。未成年の男の子の成長を描いた比較的理解しやすい作品。サーキットトレーニングしていたのが記憶に残っています。

などと、(書いてみて)書評に文才がないことがはっきりしてしまったので、今日はここまで。

 

北のフネ⛄️さん。 

『帰り道『○○○○』の横を通るのですが、その白亜の建物を眺めながらいつも思うのです』

⇒私も一緒です。

(一文字だけ入れると)〇〇有○ですね? あれ? 同じようなことを誰かからも聞いたような…(覚えてますよ (笑)

 

『尊敬する先生との出会いがあったから今がある。ちゃんとしたやり方を知ればDr.Tの素質を持つ先生は少なくないのじゃないかと思うのです』

⇒これについて一言コメントさせてください。

当時(今から、数えると17年も前になります)、東〇公〇病院は「乳癌の聖地」 『何故、あんなに症例数が多いんだ?』大学医局でも常に注目されていました。

ただ、人がいつかない。

新人(といっても、10年目以上の医師ですが)が入っても、1年以内で辞めてしまう。

そこで私に白羽の矢がたった。

特別才気あふれるタイプでなかった私(自分に正直者といってください)ですが、我慢強く見えたのでしょう。

「3年は続かないだろう」周囲から、そう言われながら心の中で「ここで5年やれば一流になれる」そう、確信していたのです。

途中、東日本大震災もありましたが「きっちり10年」今の私を作ってくれたのです。

『Dr. Tの素質』? そんな大層なものではありませんが、強いて言えば「我慢」でしょうか?

 

東〇大学医局出身者でも、(殆どが)東〇公〇病院を通らずに巣立っていったけど、そこには歴然とした力の差が生じることになります。

私がリンゴの国へ赴任した際に、交代人事で(私の替りに)2人送り込まなくてはいけなかった事はそれを証明しています。

 

 

年齢 50-59歳

入院期間 3日間

痛み 1

〇/〇に右乳房温存手術をしていただきました。

術後が思った以上に楽でした。痛みは当然あるものの我慢できる痛みでしたし、痛み止めを処方して頂き、すぐに楽になりました。退院して1週間になりますが、多少の傷の痛みはありますがほぼほぼ以前と変わらぬ状態です。本当にありがとうございました。

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