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乳がん手術のブログ 2020/2/29 「何か聞いておきたいことはありますか?」

皆さん、こんにちは。

昨日ドラッグストアとスーパー言ったけど、トイレットペーパーとティッシュペーパー無かったよ!

「お一人様1個限り」という札だけが寂しそうに揺れていた。

オイルショックじゃ、あるまいし。

それでは今日もいってみよう。

 

 

年齢 40-49歳

入院期間 3日間(2泊3日)

痛み 3(手術当日 3時間まで) 0(3週間後)

平成〇年〇月〇日に右乳房温存術、センチネルリンパ節生検で手術をして頂いた〇〇です。田〇先生、その節は本当にありがとうございました。

手術直後は術部の痛みはあまり感じず、(手術をしたのだからこれくらいの痛みは当たり前と手術による痛みは想定内でした。)それよりも酸素マスクを取ってしまいたいくらいの息苦しさと、同じ体勢で安静にすることによる背中や腰の痛みの方が辛く、早く四時間経過して安静解除にならないかなと思っていました。ドレーンに繋がれたまま数日間安静など、私にはとても無理…この病院での手術で本当に良かったと思いました。

19時半に田〇先生が病室まで来てくださいましたが、楽々と腕が上がったことがとても嬉しかったです。そして先生が「センチネルリンパ節に転移はありませんでしたからね。あと30分で安静解除ですね。」と仰ったあと20時過ぎに、酸素マスク、点滴等が外されたときは本当にスッキリして万歳したい気持ちでした!(リンパ節転移も無くて嬉しかったです。)

早速待ちに待ったお水を飲んで、ゆっくり歩いてトイレに行きました。間もなく消灯の時間になりましたが、手術したばかりの興奮からなかなか寝付けないまま夜が明けていきました。それでも横になっているだけで身体は休めている筈!と、ベッドの上で腕の上げ下げを練習したり、「明日の朝ご飯は何かな~」(手術前夜21時以降絶食だったので)と考えたりしていました。翌朝は早くから田〇先生が来て下さり、創部を確認して先生自らペタペタとテープを貼ってくださいました。

その後、10時に家族が迎えに来るまで、自分でベッド周りの片付けや退院の荷造りをして待っていました。

退院した翌朝は、なんと(ゆっくり)自転車に乗り家族でデニーズのモーニングを食べに行きました。

退院後数日は、(胸が大きめなので急いで歩いたりして)胸が揺れたりすると多少の痛みがありました。でも、動きの制限は無いと先生が言っていたので毎日身体を動かすようにしていたら、その内その痛みも気にならなくなりました。

退院からしばらくしたころ、葬儀に参列する為に東京から秋田まで新幹線や電車を乗り継いで出かけました。勿論私の病気のことなど知らない親戚の中で、難なく葬儀のお手伝いもする事ができ、体力的にも気持ち的にもすっかり自信をつけて、片手でスーツケースをひき、もう片方の方で家族に大量のお土産を担いで帰郷しました。(笑)勿論新幹線の中で、荷台への荷物の上げ下げも問題なくできました。

私は30歳を過ぎたのを機に、マンモとエコーの乳がん検診を受け始めました。いくつか受診機関が変わりましたが、(高濃度乳腺ではっきり診断出来ないが)気になる箇所があるためハントしおきの経過観察をしましょうと言われ納得できず、他院に紹介状を書いてもらった経験もあります。

田〇先生に診ていただく前は、乳腺専門のクリニックで「あなたは区の無料検診などでは要検査となりやすい乳腺をしているから、そういう検診は受けない方がいい。」と言われた事もあり、5年位そのクリニックで検診をうけていました。〇年の秋、自分で何となく気になる箇所がありその先生に質問したところ、マンモと(技師が行った)エコーの画像を見て問題ないでしょうと言われました。でも実は、その先生の前で一度も衣服を脱いで触診して頂いたことも、直接エコーして頂いたことも無かった私は、(そもそも主治医自らエコーをしてもらった経験がどの病院でも一度も無かったので、そういうものだと思っていましたが、)せめて不安な点がある今回だけは触診くらいはして頂きたかったな…と、帰宅した後も不安で心のモヤモヤが取れないままでした。そんな時乳がんプラザに出会い、田〇先生の治療に対するシンプルな考え方や、(技師任せにせず)何でもご自分でやるという姿勢に、「こんな先生が存在するんだ!この先生しかいない!」と心を撃ち抜かれ、すぐさま市川と江〇川病院(の早く受診できる方をと両方)に電話をかけていました。そして、それまでかかっていた乳腺専門クリニックに依頼して、受けたばかりのマンモのコピーを受け取りに行きました。

田〇先生自らエコー、触診をしてください、何も心配することはないとハッキリ言って下さり、心から安堵しました。それから、年に一度田〇先生に診ていただいていた今年〇月下旬。いつも流れるような手さばきでエコーをして下さる先生の手が、右乳房の一か所でじっと止まってモニターを眺めていました。そして「ここに7mmのしこりがありますね。これは、去年までは無かったもので癌かもしれませんね。すぐに針生検しましょう。」と仰いました。

二週間後に結果を聞きに行くと、やはり早期の浸潤癌でした。

田〇先生だからこんなに小さなものでも見つけてくれて、その日の内に針生検をしてくれるんだ!最短で解ったんだから!と自分で納得していても、やはり癌の告知を受けている時は足が勝手に震えて止まりませんでした。そんな私に先生は、「何か聞いておきたいことはありますか?」と優しく訊いてくださいました。この言葉で、足の震えは一気に止まりました。この言葉はその後毎回、診察時も入院中も必ず先生が投げかけてくださる言葉です。このとき先生は、とにかくシコリは7mmほどのとても小さなもの。グレード1の典型的な硬癌で大人しいもの。プラザのAさんの様に治療を進めて行く事になると思うという事をお話ししてくださいました。それから、術前検査や手術までの間は、更に乳がんプラザを読んで勉強しました。そして、先生のプラザ以外は一切検索しませんでした。勉強をしながら、「私は頑張れる!田〇先生に治療してもらうんだから大丈夫!」と確信しましt。

私は本来とても心配性で泣き虫です。そんな私が、乳癌だと分かった日の帰り道に主人に報告の電話をしながら一度泣いただけで、それからずっと前向きで居る姿を見て、家族はとても驚いています。それくらい信頼することが出来る先生に出会えたことが、まさしく勝利への第一歩だと思っています。

〇月上旬に、術後の病理検査の結果を聞き、腫瘍は8mmだったと解りましたその翌日からノルバデックスを服用し始めました。(もし、いつかこの文章がプラザのブログに載ることがあり、他の方達の参考になるようであれば、是非私の病理検査の結果を掲載してください。注 1 ))飲み始めて2週間以上経ちますが、副作用のようなものは何も感じていません。レストランで体力勝負の仕事を今まで通り続けて、手術前と何も変わらない毎日を送ることが出来ています。勿論手術による痛みも全くなく、腕だってぐるぐる回せます。信頼できる先生がいて心に迷いが無いことが、気持ちも安定させてくれているのだと思います。

先生、これからも治療は続きますので、どうぞよろしくお願い致します。そして、先生もお身体を大切に、これからもたくさんの人達を救ってあげてください。

 

 

当院受診前からの状況などを詳しく教えていただきありがとうございます。

皆さんの参考になると共に、『何か聞いておきたいことはありますか?』という言葉の重要性を噛みしめました。

 

もし、いつかこの文章がプラザのブログに載ることがあり、他の方達の参考になるようであれば、是非私の病理検査の結果を掲載してください。注 1 )

⇒乳頭腺管癌 pT1b=8mm, pN0, NG1(2+1), luminal(HER2 1+), Ki67=13%

乳癌になったことは不幸ですが、(現実には予防はできません)やはり早期発見。この重要性を再確認しましょう。

 

 

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