前作 石灰化3部作の続編です。前作では「診断から手術」まででしたので、今回は術後療法についてのお話です。
~T医師から、病理結果が0期であると聞いた続きからです。~
T医師、(Aさんと夫Bさんのお二人を見ながら)
「それでは引き続き、術後療法についてお話しを勧めていきますが、よろしいですか?」
Aさん、夫Bさん、
「お願いします。」
T医師
「まず、基本的なことから順を追ってお話しします。乳癌治療は局所療法+全身療法です。注1) これを理解していただいた上で、Aさんの場合には●局所療法は手術(乳房温存術+センチネルリンパ節生検)+術後放射線(温存乳房照射)●全身療法で適応があるのは内分泌療法となります。」
Aさん
「抗癌剤はしなくていいのですね」
T医師
「その通りです。抗癌剤は全身療法の一つですが、Aさんは非浸潤性乳管癌(ductal carcinoma in situ: DCIS)なので、そもそも抗癌剤の適応は全くありません。ただ癌のsubtype 注2) がluminal -typeなので、内分泌療法の適応はあります。」
夫Bさん
「インターネットで調べました。Subtypeとは癌の性質のことですよね?」
T医師
「その通りです。Subtypeはここではintrinsic subtypeの事で、遺伝子発現による分類法です。これにより術後の(全身)補助療法を決めます。Aさんの場合には、最初のマンモトーム生検標本での免疫染色によりER(エストロゲン受容体)陽性、PR(プロゲステロン受容体)陽性ということが解っています。これをluminal typeといいます。通常の浸潤癌では、ここにHER2蛋白の検査も加えるのですが、非浸潤癌にはその必要はありません。つまり、内分泌療法感受性陽性なので内分泌療法の適応があるということです。」
夫Bさん
「平たく言うと、妻の乳癌は内分泌療法が効く性格だから、内分泌療法が適応になる。ということですね。全身療法としては内分泌療法をして、局所療法としては手術の仕上げとして放射線照射を行う。と、考えていいのですね。」
T医師
「その通りです。」
そしてAさんの方に微笑みながら、
「ご主人はさすがですね。完全に理解されている。頼りになるご主人がいらして幸せですね。」
Aさん、(ご主人を見ながら微笑む)
「本当に勉強熱心なんです。凄く頼りにしてます。」
T医師
「ここから具体的な話に移ります。 浸潤癌であれば閉経前と閉経後で内分泌療法は異なり選択の幅があるのですが 注3) Aさんの場合は非浸潤癌なので選択肢は一つしかありません。 タモキシフェンを内服するか、どうかです。 ガイドラインでは推奨グレードC1となっています。平たく言えば「考慮しても良い」という内容です。
夫Bさん
「妻の場合には、どうしたらいいですか?」
T医師
「私はタモキシフェンの内服をお勧めします。非浸潤癌の場合でも、内服により対側の乳癌発生リスクを低下させることは解っています。もともと再発リスクが低いので副作用とのバランスに注意が必要ですが。」
Aさん
「副作用は、どんな感じですか?」
T医師
「ご自分で日常的に感じる副作用(自覚症状)としては、ほてり や イライラ、膣分泌異常などがあります。注意すべき副作用は血栓症と子宮体癌です。子宮内膜増殖作用があるので、定期的な婦人科でのチェックをお勧めしています。その上で増殖傾向がある場合には中止となります。」
夫Bさん
「子宮体癌は気になりますね」
T医師
「ATLAS試験という臨床試験では5年投与で子宮体癌死を0.2%増加させることがわかっています。薬の治療は何でもそうですが、リスクと効果を天秤にかけての判断となります。
きっちりと婦人科検診を受けながらの内分泌療法(タモキシフェン内服)がバランスがいいのではないかと思います。
Aさん
「解りました。私やります。自分の体のことですもの。自分で責任を持って婦人科検診も受けます。飲み薬ですよね?」
T医師
「そうです。朝1回の内服です。5年間を目標にしましょう。因みに浸潤癌の場合のタモキシフェンの至適投与期間は5年より10年となってます。 注4) 早速本日処方しますので、明日から内服開始してください。 基本は3カ月処方ですが、最初は副作用チェックのために1カ月処方しますので、次回は1カ月後 えーと、○月△日に受診してください。その際には採血で肝機能障害などが無いかチェックしますね。」
夫Bさん
「肝機能障害って多いのですか?」
T医師
「あまり多くはありません。私の経験上はもともと脂肪肝などで肝予備能が低下している方に時々見られますが、Aさんの場合はきっと大丈夫ですよ。念のためです。」
Aさん
「予定している訳ではないのですが、治療中には妊娠はできますか?」
T医師
「治療中は妊娠できません。タモキシフェンには催奇形性があります。休薬後2カ月すれば大丈夫です。」
Aさん
「それを聞いて安心しました。うちにはC太とD美がいるから、今のところ考えてはいませんが、もしもの時には先生に相談します。よろしくお願いします。」
T医師
「勿論です。何でも相談してください。」
今回は、ここまでです。
内分泌療法は乳癌の全身療法の3本の柱(他には・抗癌剤・分子標的薬 があります)の内の重要な1本です。
(・抗癌剤 ・分子標的薬 はホームページの「乳癌の治療」の中の「全身療法」を参照してください)
次回第2部では 放射線療法についてのお話です。
乞うご期待ください。
注1)
乳癌治療は局所療法+全身療法でなりたっています。
- 局所療法 手術±放射線
直接、病巣を切除(手術)や、術後の乳房だけに照射(放射線治療)
腫瘍周囲の乳腺及びリンパ節のみが対象です。
- 全身療法 3本の柱(内分泌療法/抗癌剤/分子標的薬)
これらは、内服にしろ点滴にしろ一旦血液に溶けて全身へ運ばれます。
全身の再発予防目的です。
注2)
intrinsic subtype分類は、乳癌を多発遺伝子の発現パターンで分類し本質に迫ろうと言う目的であり、治療に直結した分類です。
本来はマイクロアレイという遺伝子検査を行って分類するのですが、日常臨床ではER,
PR, HER2, Ki67などの免疫染色で代用しています。
注3)
まず閉経前と閉経後では事なります。
閉経前:タモキシフェンにLH-RHアゴニストを加えるかどうか
現時点ではLH-RHアゴニストを加える事は推奨度C1(考慮しても良い)となっていますが、来月(12月9-13日)米国で開かれるサンアントニオ乳癌シンポジウムでSOFT試験の結果がでますので、推奨度が高くなる可能性
があります。
閉経後:アロマターゼインヒビターが推奨度Aとなっており、絶対的ですが現時点で3種類(アナストロゾール/エキセメスタン/レトロゾール)あり、どれを選択するかについての明確な順位はありません。
注4)
2013年発表されたATLAS試験の長期予後の検討で、明確に10年投与>5年投与のデータが示されました。