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至福の時です。
〇 本文
ここで2つの例を挙げます。
例1) 管理番号 13383→「100%確定診断希望メール」から当院受診
(以下抜粋)
■現在の症状
>>> 12月上旬 市の健康診断で超音波、マンモグラフィーで要精密検査
>>> 12月中旬 総合病院受診。再度マンモグラフィーを受けて集簇性の細かい石灰化と(エコーで)しこりを指摘されました。
>>> 12月下旬 造影MRI、超音波しながら針生検を受けました。
>>> 1月中旬 結果はグレーで確定診断出来ないとの事でした。
>> 次は2月下旬に全身麻酔をして外科的生検と言われました。
検診(12月上旬)から受診(12月中旬)は、ご本人の意志でスムーズ(短期間)でしたが、
結果、(受診から)1か月以上経っても「グレー診断」(このままでは)更に1か月半後の外科的生検まで診断がつかない。
つまり初診(12月中旬)~このままでは「外科的生検(2月下旬)」まで「診断に2カ月半を要する」ことになります。
実際に診察してみると…
集簇した石灰化が区域性に並びカテゴリーⅤ(Ⅳ)
エコーでは、(石灰化に相当する部位に一致して)複数の「石灰化を含むlow echo」が認識できます。
★エコーで確認できるので(ST-MMTするまでもなく)、初診日にそのままMMTE施行しました。
前医でそのまま診療していたら、(更に)1か月以上先の診断となるところでした。

この診断スピードの「差」は何処からくるの?

何故、前医では「なかなか」診断がつかないのかエコーしながら考えていたんだ。
この症例の場合ポイントは2つと言っていい。
①エコー経験の差
②生検手技の経験差

やっぱり「行きつくところ」はそこ(経験)?

「経験の差」と言葉にすると、「身も蓋もない」ようだけどね。
特に今回のケースでは上記①が勝負を決めてしまったといえる。
石灰化がエコーで「どう見えるか?」
本来石灰化は「マンモグラフィーで見るもの」なので、「シコリ」のように「誰が見ても同じ所見」とはならない最たるものと言える。

どういうこと?
石灰化は「ある人には(その存在が)エコーでとらえられる」けど、「別の人には(その存在が)エコーでとらえられない」ケースがあるってこと?

そう、まさに「ご明察」
石灰化がエコーで見える(見えた!)と思えるのは「点状のキラキラ」なんだけど…
実際には「正常乳腺構造も時に、点状キラキラ」に見えることがあるんだ。
今回のように予めマンモグラフィーで石灰化所見がある。さぁ、エコーで捉えるぞ!となった場合
『これではないか? これ、なんとなく点状キラキラっぽいから!』
↑
どうやら、前医の技師さんは(前医からの診療情報提供には、技師によるエコーレポートがついていたので技師がエコーをしたことが判明してます)申し訳ないけど「誤った認識(正常乳腺のキラキラなどを捉えた)」だったようです。

何で、そう判断したの?
根拠は? 結果として「診断がつかなかった=誤った部位を石灰化と捉えた」からなの?

無論、「(結果として)診断がつかなかった」わけだから、「誤った部位を生検したのだろう」という推測も十分に成り立つけど…
今回に関しては、その(前医での技師によるエコーレポートが指摘している)所見の位置が正しくないと、私自身がエコーして確認しているからなんだ。
私自身がエコーして「これが病変の所見だ」と判断した部位より、「かなり」乳頭に近い部位を所見としているし、実際それに従ってCNB(前医ではCELEROでもMMTEでもなくCNBしている)している部位が「針跡」から解るんだけど、全く不適切(乳頭近辺)なので、そう判断したんだ。
実際の病変の位置は乳頭より「かなり上」なんだけど、その所見が読み切れなかったんだろうね。

だから、あんたとは「経験の差」があるっっていいたいの?

やはり、「ここ」で重要なのはfeedbackがかかっているか?なんだな。
技師は「石灰化のエコー所見といえば(教科書的に)これだよな?」でしか判断できないし、それをたとえ1000例エコーしても「その所見が正しかったのか?」判断しようがない。
つまり(feedbackがかからないから)同じ誤りを何度行っても「その誤りに気づけない」
それに対して、もしも今回(技師ではなく)その医師自身がエコーして「これが石灰化だよな」(と、その時は確信していても)戻ってきた病理レポートに「石灰化の記載がない」ことで、『あれっ? あれは石灰化ではなかったのか! くそ! もう一度エコーしてみるぞ!』と、繰り返し「自分自身がエコーして、その結果を病理で確認(所謂答案のようなものです)」していく過程が「経験」なのです。
それが…
技師自身は何回エコーしても、(その結果を知ることができず)feedbackが何時まで経ってもかからない。(つまり経験しているようで、実際は空回りしているだけ)
また、自分自身でエコーしない医師は「何時までたっても技師エコー所見に頼っているだけ」であり、『やっぱり、石灰化はエコーじゃ難しいんだな(と、自分でエコーもせずに諦めている)』
↑
技師も医師も(経験しているようで)全く無駄な経験だけを無限ループしているだけ

私自身で言えば…
今まで幾度となく「石灰化はエコーでどう見えるか?」を重ねてきていて、
更に「このエコー所見は石灰化を含んでいるように見える」と思った際には(病理伝票に)『標本内の石灰化の有無についても記載お願いします』としている。
つまり、「経験の差」というのは診察している患者数の差(これもだいぶ差があるけど)だけではなく、「自分自身でエコーして、そこから採取した標本内容をfeedbackしている」質的差と言い換えることもできる。
更に上記「②生検手技の経験差」でいうと…
均一なシコリであればCNBで十分、CELEROであれば尚いい
しかし、「腫瘤非形成性」所見のようなものでは上記デバイスでは不十分でありMMTEで広範囲に採取すべきなのですが、今回のような「石灰化のエコー所見」も同様であり、診断を100%にするためには「石灰化を含む所見を広範囲」に採取してこそなのです。

診断の「スピード」とは…

スピードとは何?

スピードという言葉にすると矛盾するかもしれないけど…
「いい加減に、適当に済ませる」のではなく、寧ろ「逆」
絶対に病変から外さないという「極限までの慎重さ」
慎重に「時間をかけて」狙うし、(針の角度を変えながら)「絶対的な確信」が得られないまま終了はしません。
一見「スピード」とは矛盾するかもしれませんが重要なことは「この1回で仕留める」それこそが真のスピードなのです。

この症例では、どのくらいの時間?

時間をかけるといったって、通常のシコリなら「5分」程度だとして「じっくり狙いを定める」+(自分が絶対にこれで病変は採取できていると確信するまで採取したけど「10分」程度かな。
たかが5分、されど(患者さんの運命を変えかねない)5分なんだ。
例2) 水曜日予約外で受診
毎年、前医で定期的にマンモグラフィーを撮影
1年前に無かった石灰化 pleomorphic grouped カテゴリーⅣ
年齢は60歳代半ば

昨年のマンモグラフィーも確認しましたが、「全く無」
1年で新たに「カテゴリーⅣの石灰化出現」
本来「閉経後で1年で新たな石灰化(しかもカテゴリーⅣ)」であれば、寧ろ(癌以外では「ほぼ」ありえないので)癌確定(カテゴリーⅤ)としたいところですが、ホルモン補充療法を長期間行っていたという事実からカテゴリーⅣに収まった次第。
これを何と、前医では(超音波で写らないから)様子見ようと「半年後経過観察」となっていた!のです。
私は癌の可能性が高いとして、準緊急性に「翌週のST-MMT」としました。

ここでいう診断のスピードは(症例1とは)意味が少し異なる。

どう違うの?

ポイントは、やはり2つ
①60歳代半ばで「新たにできたpleomorphic calcification」が、普通ではない(通常、癌以外では起こらない)という認識不足というか、その意味することを十分に理解できていない
②(もしも癌だとしても早期だからと)積極的に診断する必要がないと考えている
癌は(当然、最初は早期だけど)進行性。 その診断スピードがその患者さんの命を救う。これは決して比喩ではなく「事実」となりえるのです。
私であれば、その1回で診断して(そのまま)治療(手術)にもっていくのに、全国各地で行われている「遅々として進まない、その診断」
癌治療にはスピードが重要であることを是非、再認識していただきたい。
このコラムをそう締めくくりたいと思います。
