OneTeam コメント
シルバーフーミン さん 26件
2020-09-12 18:50:40 掲示板 2020年9月12日(土)
江戸川病院を見学して来ました。
先週木曜、随分久しぶりに都心へ。御茶ノ水で用事を済ませ、コロナが気になるので昼食も食べずにさっさと県外の自宅へ帰るつもりが、総武線の千葉行きに乗車して、
そうだ!このまま小岩まで足を伸ばして、江戸川病院へ行ってみようかと思いたちました。
すぐにスマホで検索。
小岩駅北口から無料のシャトルバスが出ていることがわかりました。
小岩駅に降り立つのは、
学生時代に小岩に住んでいた友人を訪ねて以来。
もう50年位まえかなあ、記憶の彼方の駅、街ですが懐かしさが募り。私が単に歳を取ったと言うことかと気遣きました。
シャトルの若い運転手さんに質問したら、とても親切に病院の事を教えてくれました。
江戸川病院で降りて、
少しキョロキョロ。
歩いてメディカルプラザ江戸川へ。
周りには戸建て住宅もあり、幾ら下町とは言え、凄いなあ、億の価値、いやいや以上の価値があるお住まいと溜息。
会計の前に事務服を着て立っていた女性も受付の人も、みな声が柔らかく親切そうでした。
私のような高齢の患者さんが沢山いました。
乳腺外科の診察室は入ってすぐ右がわ。目立ちました。扉が赤🚪?オレンジ?ピンク?
あれ誰の発案だろう!
兎に角目立つ色で驚きました。ここで田○先生は患者さんに向き合っているのかと思うと、何だか感無量でした。
もしかしたら、でてらっしゃるかしら?チラッとお顔を拝めるかしらと
45分ほど待合室でのんびり過ごしましたが、
残念ながら扉が開く事は有りませんでした。
この扉🚪に辿りついた人達は納得のいく治療が受けられているですね。
私も今後迷った時は、ここへ来ようと強く思いました。
シャトルバスで小岩駅に送って貰い、とても元気が出たので、駅前で1人ランチをしました。
今回の寄り道はとても楽しく、小さな旅をしたようでお得感一杯でした。
2020-08-20 14:48:21 掲示板 2020年8月20日(木)
サミさん
私はかつて嫁、今は姑めの立場です。身につまされ複雑な思いで拝読しました。
亭主関白の父と厳しい姑に従って生きる母を見ていた私は、長男との結婚は❌と決めて、恋愛結婚。相手は幸いにも次男。ところが共働きで日曜出勤もあった私の留守に、義母は度々訪れて家事育児を自主的に支援。戸惑いと不法侵入?と腹が立ちました。でも子供👶は喜び夫は楽チン。仕方ない、義母を利用してしまえと割切り何でも頼んでやって貰う関係に。勿論長い間には色々ありました。義母の長年の習性と生き方、性格は変えようもなく、若い私が合わせる方が簡単とここも割切り付きあいました。
私が割切れた一番の理由は、義母には悪意がなく全てが善意と孫への愛情からの言動だった事、夫が、有難う、気を遣わせてるねとたまに言ってくれた事ですかね。
義母がいきていたら、
しっかりしなさいと
私の闘病をきつい言葉で励ましてくれたかもしれないと思います。
現在私は姑め、義母の立場です。
息子の嫁さんは、冷蔵庫からビールを出して頂きますって、自由に飲むサバサバした人。パックした顔でお風呂からお先ににと出てくるような女性です。驚きの連続‼️
その振る舞いについていけない私ですが、息子の選んだ人、まあ仕方ないと受け流し。
昔の義母ならここで厳しく意見をするのでしょうかね?私は見ざる聞かざる言わざるです。
近所には、嫁姑がギクシャクして、孫の顔も見られないとボヤク姑め達が沢山いますから、来てくれるだけ良しと。
事ほど左様に嫁姑の関係は時代を超えて十人十色。永遠の課題かも。
一方で訪ねてくる息子夫婦や孫を歓迎しない親はいない、訪ねてくれるのは嬉しいもの。歳を重ねると寂しさも増し、強がりや憎まれ口を叩いても、本音は来て欲しい、来てくれて嬉しいじゃないかなあ。
ミサさん、考えすぎず、
相手の心を読みすぎず、
相手の懐に飛び込んでしまったら、どうでしょう。何を言われても、右から左へ。長く心に留めず忘れて仕舞う。
あなたの選んだ人生のパートナーのお母さんだから、気遣いは下手でも
悪い人ではないはず。
ミサさんが悩んでいることなど、全く知らずに暮らしているのではないかしら。
貰ったお財布をいつまでも大切にしている方なんだから。義理人情に厚い人なのかも知れません。
乳がんの闘病だけでも大変なんだから、他の事は些細な事と割り切って!
頑張っていきましょう。
2020-08-20 11:38:18 掲示板 2020年8月20日(木)
okeiさん
とても涼しい気分になりました。心も和みます。
有難う。
今日は仕事で職場で見てます。エアコンガンガンかけても、時間と共に外の気温が上がっているのを感じるほどです。
チョット体のことで不安を感じる日々ですが、
こういうのを見ると自然の凄さを感じて、私も自然体でいくしかないなと思えてきました。
2020-08-08 01:47:33 掲示板 2020年8月5日(水)
匿名さん、こんばんは。
全く私も同様だったなあと振り返りながら拝読しました。
少し、自分の事を書いても良いですか。
私は多重がんでした。
昨年春に肺と乳と二つの癌が見つかって1か月半の間に2回の手術、入退院。
江戸川病院ではありません。その頃は乳癌プラザは知りませんでしたし見る余裕もなかったです。
心が折れてガン鬱になりました。乳がんの抗がん剤、放射線は精神科のカウンセリングを受けながら続けました。眠れず食べられず、体重は8キロ位減りました。
安楽死を調べ尽くした時もありました。私は孫が3人もいるシルバーですから、もう死んでも良い、こんなに心が苦しいのはたまらないと思いました。病院の要注意患者だったと思います。
でも私は今、少しの不安を抱えつつ、とても穏やかに暮らせています。
私が何とか立ち直れたのは、ガン専門の精神科医に出会えた事と乳がんについて兎に角勉強した事かもしれません。カウンセリングを受けるたびに、魔法にかかったように落ち着きを取り戻していきました。誰にも訪れる死、でもそれはいつ、どういう形か、誰にもわからない。ならば残された人生をより良く生き直そうと考えるようになりました。
書物でネットでたくさんガンについて勉強し、乳がんプラザに出会い、読み尽くし、田澤先生に何度も質問をしました。
気がついたら、カウンセリングは卒業を宣告され、がんへの恐怖は和らいでいました。1年が経っていました。
今でも不安はあります。
3ヶ月おきの定期診察の前ば落ちつかなくなります。そういう時は、庭の草取りや、手の込んだ料理を作ったり、友人知人に手紙を書いたり、メールをしたり、忙しく暮らして乳がんの事を考える時間を少なくする工夫をしています。
これは精神科医のアドバイスでした。
眠れないときは睡眠導入剤を使います。食欲がない時は、好きなものを少しだけ食べます。
必ず落ち着くときが来ます。でも辛かったら精神腫瘍を標榜する精神科医のカウンセリングを受けてみるのもありだと思います。psychooncology学会会員の精神科医ならよりべたーかと。
疑問や不安はQ &Aで、
乳がん仲間とは掲示板で繋がって。
ユックリユックリ少しづつ前に踏み出して、元気になって下さい。
調べる中で知ったのですが、肺がんのステージ1と
乳がんのステージ3が、5年生存率がほぼ同じなんです。
乳がんは生存率、無再発率が高いですね。
だから大丈夫って、少しづつ前向きに捉える訓練をするのもよいかもしれないですょ。
2020-08-04 21:45:06 掲示板 2020年8月4日(火)
皆さん、ありがとうございます😊
次の定期診察日は秋。元気に夏を乗り切ろうと思います。
面談診察は通常の経過観察の診察です。
前回は電話📞診察だったので、
今回は通常の診察を希望して、受け入れてもらえました。
2020-08-04 11:12:40 掲示板 2020年8月4日(火)
今、経過観察の検診が終わりました。
面談診察を希望し通りました。色々気になっていた事を質問し、全て解決出来た訳ではないけれど安心感が増しました。
水泳🏊♀️もボーリングも、飛行機に乗ることもOK,
体力や気分と折り合いをつけながら、コロナに気をつけて日常を楽しく暮らす事が大事とアドバイスを受けて帰宅。
昼食はいつもより美味しく食べられて、
私って単純なのかもと思いました。
2020-07-26 00:58:36 掲示板 2020年7月26日(日)
安楽死?のニュースに心が騒ぎました。ガンの告知を受けた時、絶望感で安楽死が心をよぎった私は、当時世界の安楽死について調べました。
今の私はカウンセリングを受けて立ち直り、経過観察を受けながら仕事も家庭も営めています。
でも日本でも安楽死についてきちんとした議論が行われて欲しい、出来ることなら法制化してほしいと願っています。諸々乗り越える問題はあるでしょうが、周りの理解をえて感謝しながら、自分の人生の終わりを自分で決められる環境整備が有ればと思うのは、私だけではなく少なからずいるのではないでしょうか?
今回のあれは殺人だと思います。外国で認められている安楽死のハードルは高かったです。今回の医師には、人の人生の幕引きに寄り添う思いやりも倫理観も感じられません。130万円を振り込ませた事に驚きを通り越して憤りを感じました。
コロナ禍と長い梅雨、被災のニュース、追い討ちをかけるような悲しいニュースでした。
林さんのご冥福をお祈りします。
2020-07-13 21:05:03 掲示板 2020年7月10日(金)
scorpioさん
本当に本当に頑張りましたね。
お疲れ様❗️
私は孫が3人もいるシルバーです。
色々な修羅場も経験してきたし、自分を強い母、妻と思っていましたが、癌の前には全くメロメロのどうしようもなくかっこ悪い、世話を掛ける患者でした。
医師の前でも、看護師の前でも、夫の前でも、しょっちゅう涙ポロポロでした。
でも皆優しかった、人の優しさが身に染みた1年間でした。
治療を何とかクリアして半年。少しずつ精神の落ち着き、日常性を取り戻しています。
scorpioさんの血圧が元に戻るのもそう遠くないと思いますょ。あと1回頑張って👍 終わったら自分にご褒美を❣️
2020-07-13 10:08:05 掲示板 2020年7月10日(金)
北のフネさん
おはようございます。
時間が薬💊
だんだん落ち着いてくる。
先輩、経験者の言葉には説得力を感じます。
夢中で過ごした告知から手術、抗がん剤、放射線、メンタルクリニック通院の1年間。
それは不安と絶望感一色の1年間でした。
あの頃の心のあり様を思えば、今は少なくとも経過観察の直前を除けば穏やかな日常です。
時間は薬💊
その通りかもしれません。半年から1年、そして更に年月の経過を経て、私はゆっくりと立ち直れそうな気がしてきました。
心のままに、時には掲示板で心をさらけ出して、乳癌プラザの仲間の知恵と励ましを糧に暮らして行こうと思います。
2020-09-25 17:00:10 掲示板 2020年9月25日(金)
ぽんちゃん、無事手術が終わって今頃はベットでホッとしているかしら。
田○先生が執刀するのだから、心配に及ばずとは思いつつ気になって。
唯一無二
これが田○先生の
座右の銘、
皆さん知ってました?
連休に東京から孫が遊びに来る予定がキャンセルとなり、全く暇になった私は、さて何をしようかと考えた結果、コラムとQ&Aを最初から全て読み直すことにチャレンジ。
コラム68回にこの言葉を先生が書かれてました。興味のある方はご一読ください。
昨年春に乳がんの告知を受けて心を病んでしまった私は、治療をうけながらネットを検索しまくりプラザに辿り着きました。当時は自分に関係のあるキーワードを探して飛ばし読みでした。
今回は時間がたっぷりあるので、ゆっくり読みながら大事なところや心に残った言葉はノートに記載してます。
改めて読んでみると、
田○先生は音楽は勿論、文学にもスポーツにもあらゆる事に精通した、感性豊かな方、そしてとても謙虚でいらっしゃると気づきました。
上手く表現できませんが、医師としての専門性は何より最上位に求められるとしても、感性の豊かな医師とそうでない医師では、患者に向き合う時の態度や言葉に違いが出るのではないかしら。
一言でいうなら、不安で一杯の患者への寄り添いかたに。
87回にはQ&Aが5000を突破。達成できたのは皆さまのおかげです。ありがとうと書かれてます。
御礼を申し上げるのは、私達の方なのに。
私は正しい知識はより良い生活の知恵につながるのを実感しています。
コラムとQ&Aは、どんな解説本よりネット上の情報より、具体的にそしてより身近に自分の乳がんのあり様を教えてくれました。知ることで絶望感は不安に変わり、今はそれも何とかうけいれらる程に立ち直りました。
お会いした事はありませんが、田○先生は私の救世主です。
コラムは全て読み終えて、Q&Aは2500まで読み進みました。
まだ先があるけど、全件読破します。
因みに私の座右の銘は
一期一会です。
相談員という仕事を30年以上しています。この言葉を胸に刻んで相談者に向き合っています。
乳がんになって、相談者に以前よりもゆったりと優しく寄り添えるようになった気がします。
これは憎っくきガンから私へのプレゼントでしょうか。